鍼の運用
鍼には、鍼によっての運用法、その時の状態に合わせた運用法があります。
黄帝内経にもその運用法が書かれている部分があります。黄帝内経の時代、現代、まぁよくこれだけ考えたなというくらい様々な運用法があります。一つ一つ面白いです。
で、ここで書くのは黄帝内経の一部の運用法。
凡用鍼者
『黄帝内経霊枢』の「九鍼十二原篇」に次の記載があります。
凡用鍼者、虚則実之、満則泄之、宛陳則除之、邪勝則虚之
黄帝内経霊枢.九鍼十二原篇.
- 虚→実(実法)
- 満→泄(泄法)
- 宛陳→除(除法)
- 邪勝→虚(虚法)
*()内は光藤秀彦医師が『霊枢』時代の4つの刺法を上古4刺法として実践しておられたものです。
この考え方が正しいとか間違っているとかは私としてはあまり問題ではありません。補瀉というカテゴライズにはそれほどこだわっていないので。ただこの4つの分類がとても面白い。
何人か鍼灸師が集まって話せば、虚・満・宛陳・邪勝に関していろいろと解釈が分かれます。虚と宛陳については意見のバラツキは少ないと思いますが、満と邪勝の関係性は意見が分かれるところではないかなと思います。どこと対比させていくかでかなり変わってきます。
大要曰、徐而疾則実、疾而徐則虚
黄帝内経霊枢.九鍼十二原篇.
- 緩入速抜→実法
- 速入緩抜→虚法
上の引用はだいたいこの解釈になると思います。個人的には徐疾そのものが問題なのではなく鍼感が問題なのだと思っていますが。
何にしても、大切なのは現実の変化です。
九鍼十二原篇の中で鍼の運用について大まかに分類し、「こういうときは、こう鍼をしなさい」と記載されている部分です。
大まかですが、人のことはこのくらいの大別しないと無理が出るような気がします。言葉で記そうとすれば尚更に。ざっくりの方が何かとうまくいく。
どこまで意図されたものかは知り得ませんが、よく考えられていると読むたびに感心します。
変わる
『黄帝内経』が成立した当時と現代では用いる鍼が同じではありません。
同じものもあるし、ほとんど使われなくなったものもあるし、現代に合わせて変わってきたものもあります。
鍼が変われば運用も変わりますし、求められることが変われば鍼も変わります。鍼だけでなく仕事や住環境なども変化しています。また、現代ではいわゆる「鍼灸」と言われるものが中国韓国日本など東アジアの一部ではなく、世界の様々な国や地域で行われるようになりました。人も場所も変わっています。
そういう変化する部分への調整が必要になるため、鍼自体も運用も変わってくるのが当然です。
変わらない
しかし、変わらない部分もあります。
それは人の身体の根本的な仕組み。筋肉や骨格などは地域や生活様式などで少しずつ違いますが、基本的な仕組みは変わりません。身体の営み、生命の営みは変わりません。
その基本的な営みの部分が幹であり、変わりゆく部分が枝となります。鍼灸治療も幹の部分は変わらない。変わっていく、あるいは個人によって違ってくる枝の部分を調整していくわけです。
九鍼十二原篇に書かれているのは、まさに「幹」の部分です。そこは現代でも変わらないところです。