たまに鍼灸師仲間と鍼灸治療をお互いにやりあうということをやっています。
休みが合ったときだけなので毎月というわけにはいきませんが、お互いのアイデアを試したり話したりするとても良い時間になっています。
その時、久々に灸頭鍼を受けました。
仕事として自分が灸頭鍼を行っていても、自分が受けたのは久々。やっぱり気持ちいいなーとウトウトしながら思っていました。
今回はその「灸頭鍼」について。
灸頭鍼
灸頭鍼(きゅうとうしん)は温鍼とも呼ばれる鍼灸の手法の一つです。
灸頭鍼は、鍼と灸の合わせ技のような手法ですが、鍼と灸をそれぞれ単独で行うよりも効果があるというようなうまい話ではありません。確かにそういうように働くこともありますが、、、
灸頭鍼は灸頭鍼であって、鍼が良い時もあり、灸が良い時もあり、灸頭鍼が良い時もある。ということで、それぞれ別のものとして私は捉えています。
技法としては、灸頭鍼の手技は細かな操作や難しい技術が必要ありません。鍼灸師になったばかりであっても練習すればすぐできるようになります。私自身、鍼灸師になった時から臨床で灸頭鍼を用いています。
灸煙
通常の灸頭鍼は艾(もぐさ)をたくさん使用するため、煙が比較的多いのが特徴です。そのためそれなりの換気設備が必要です。*炭化艾の場合は煙がほぼ出ません。
灸煙が多めの灸法は他にもありますが、どれにしても灸煙が苦手な人には用いることができません。灸頭鍼の他には生姜灸などの隔物灸、知熱灸も壮数によってはかなりの煙ですし、艾を紙で巻いた棒灸なども煙が濃いです。薬局で市販されている台座灸も初めて使う人は煙多いなと思うかもしれません。
ただ、艾の煙は「この匂い好きです」と言ってもらえることがほとんど。「けむり」ということは同じでもタバコの煙とは全く印象が違います。
テナントによっては火気厳禁だったり排煙不可のところもありますから、灸を多用する鍼灸師にとってはいろいろと難しい時代になりました。
煙を出さない灸頭鍼のやり方として、艾を炭に加工した炭化艾を使う手もあります。煙がほぼ出ないことのほかに、受ける側は比較的マイルドな温感を長く感じるのが特徴です。これもまた気持ち良い温感です。
灸頭鍼はちょっと手間がかかるやり方なので、準備〜片付けまでで5〜10分(炭化艾は10〜15分)くらいの時間が必要になります。これをデメリットと考える鍼灸師もいると思います。時間は有限。それをどう使うかも鍼灸師それぞれの考え方です。
ちなみに、日本で灸頭鍼を初めて行ったのは東京の笹川智興氏だと言われていますが、笹川氏は当初「鍼頭灸」としていたようです。その後、群馬の赤羽幸兵衛氏による『灸頭鍼法』(医道の日本.1971.*執筆協力者あり)が出版されたことが灸頭鍼が普及した大きな要因になったと言われています。
手順
灸頭鍼を行う手順はだいたい次のような流れです。
① 灸頭鍼を行うかどうか判断 ② 諸々の状況を考えて灸頭鍼を行う場所・数・熱量(艾球の大きさと硬さ、艾と皮膚の距離)を決める ③ 灸頭鍼を行うところへ、まず鍼をうつ ④ ③で打った鍼に艾球(艾のかたまり)を付着させる ⑤ ④の艾に点火する ⑥ 頃合いをみて艾を取り去る ⑦ ④〜⑥を数回繰り返す
鍼の頭に艾を付着または装着させて灸を行う(灸を頭にした鍼)ため「灸頭鍼」と呼ばれるわけです。
灸頭鍼は皮膚から艾までの距離が2〜4センチくらい離れています。更に距離をとることもありますし、密に灸頭鍼を行う時も通常より距離を取る必要があります。
艾に点火すると、火はくすぶるように徐々に広がります。ローソクが燃えるような感じではなく、線香につけた火が進んでいくような感じです。
そのため、身体に感じる温感もじわーっと感じ始め、その温かさが広がっていき、しばらくすると弱まっていくような感じ方になります。
艾の火がくすぶっている時間は付着させる艾の量、硬さ、水分含有量、点火方法によって変わりますが概ね1〜3分くらいです。それを数回繰り返します。この繰り返しがあるために温感に波が出ます。*炭化艾や切艾の場合は繰り返すことが少ないので基本的に波は1回、温度変化がとても緩やかです。
放射・対流・伝導
孔穴(つぼ)の作用はひとまず置いておいて、単純に灸熱の伝わりということを考えると、灸頭鍼の熱はまず熱放射として皮膚や皮下組織くらいまで熱が伝わり、それが熱伝導や対流により周囲に広がります。
灸頭鍼は、灸の熱が鍼を伝わって身体に広がるわけではありません。あくまで熱放射によって伝わります。灸頭鍼を行った時は鍼柄と鍼体の間に電位差(電圧)が生まれていますが、それはまた別の話です。
熱が移動する時は3つの伝わり方があります。「理科でやったかも」と思った人もいると思います。伝導・対流・放射の3つです。
【熱は高温側から低温側へ伝わる】 伝導:物質の伝導電子や格子振動により伝わる。 例)熱い鍋を触って「アツっ」となった。 対流:液体・気体が移動することで伝わる。 例)冷蔵庫に入れた食品が冷たくなる。 放射:熱源が発する電磁波により伝わる。 例)太陽の光が温かい。
熱は必ず高温側から低温側へと伝わります。だから熱い鍋を触ると鍋の温度より低い温度である人体へ急激に熱が移動し、人体はそんな高熱には耐えられないため触れた場所が火傷してしまいます。
放射は、言葉にするとわかりにくいですが、太陽の光を温かく感じるのも電磁波の放射によります。高温になればなるほど電磁波のエネルギーは強まるため、中心温度1600万℃(表面温度6,000℃)と言われている太陽ははるか遠くに離れている地球まで温かさが降り注ぎます。
灸頭鍼は、小さな太陽で日向ぼっこしてるようなものかもしれません。ちょっと大袈裟ですかね(笑)
波
灸頭鍼の熱は艾の直下が最高点となります。ただし、灸頭鍼を密に配置した場合は熱放射の範囲が重なるため、配置の仕方によっては直下でなく熱放射が重複した部位が最高点となる可能性があります。そういう灸頭鍼の特徴を活かして応用することもできます。
また、通常の艾を使って灸頭鍼を時間差で点火していくと波状に熱が伝わっていくため独特の感覚が生まれます。ゆらぎがある熱感は気持ち良いものです。
炭化艾や切艾を使った灸頭鍼はこのゆらぎは小さくなりますが、安定・安心の持続性による気持ち良さがあります。炭化艾でも波は作れますが、ちょっと手間がかかるので、このあたりも使い分けだと思います。
艾の条件
一般に灸頭鍼に適すと言われる艾は次のような条件だと思います。
・毛足が長め ・夾雑物が少なめ ・水分含有量が多め ・燃焼温度が高め
このあたりは、最終的に鍼灸師の好みと灸頭鍼に何を求めるかという目的で変わってきます。目的次第では通常の艾よりも炭に加工し炭化艾の方が良い場合もあります。また、艾をむき出しで使うのではなく、紙で包む手法もあります。
私は、毛足が短め(灸頭鍼用艾としては)・夾雑物がほとんど無い・水分含有量が少なめの艾を用いています。
棒灸と灸頭鍼
灸頭鍼のように熱放射(輻射熱)を利用する灸法に棒灸があります。
以前、灸頭鍼の代用として棒灸が使えないか試行錯誤した時期がありました。通常の灸頭鍼と、鍼を打っておいてからの棒灸。この2つを比較して熱感や効果の出方がどうか、とかですね。
熱としては似させることができるのですが、、、灸頭鍼は灸頭鍼の良さと効果、棒灸は棒灸の良さと効果があります。それらは別物で、それぞれの良さがあるということだと今は考えています。