鍼灸で道具と言えば、まずは鍼(はり)と艾(もぐさ)です。鍼は消毒用品も必要ですし、艾に点火するためのライターやマッチ、線香も必要ですが、それほど多くの道具は必要ありません。
選ぶ
「弘法筆を選ばず」という言葉がありますよね。
これは、達人はどんな筆でも問題にしないということで、自分が下手であることを道具のせいにして言い訳することへの戒めです。
ただですね、良い道具はやっぱり良い道具。それに、私は弘法大師じゃない(笑)
鍼灸に限らず道具好きな私としては、自分が気に入ったものを使いたい。自分が気に入った良い道具を使っていれば何の言い訳もできないから丁度いいです。
馴染ませる
鍼や艾は自分の手に馴染んでいなければうまく操ることができません。
学生時代は暇さえあれば鍼を触るようにしていました。授業中に、自宅で、研修中に、暇さえあれば、という感じに。けっこうそうしている人がいたように思います。
私は、学生時代は鍼ばかり触っていたので灸の試験はいつも苦戦していました。正直、苦手意識がかなりありました。
それでも学校から課される灸の練習量は相当な量でしたから、臨床に出てから本当に助かりました。学生時代に約40000壮、、、よくやったわ。。ほんと、先生方に感謝です。
量より質と言いますが、量が必要なときもあります。
鍼(はり)
鍼にもいろいろあります。
- 長さ
- 太さ
- 素材
- 全体の形状
- 鍼柄(鍼の持ち手部分)の形状
- 鍼尖(鍼の先端部分)の形状
- 使用目的
- 価格
などなど
一応書いておくと、古代は形状と使用目的から鍼を九つに分類していました。黄帝内経が書かれた時代です。現在、この九鍼のカテゴリーに入らないものもあるため、分類・種類がもう少し増えています。
九鍼(きゅうしん)
- 鑱鍼(ざんしん)
- 圓鍼(えんしん)
- 鍉鍼(ていしん)
- 鋒鍼(ほうしん)
- 鈹鍼(ひしん)
- 圓利鍼(えんりしん)
- 毫鍼(ごうしん)
- 長鍼(ちょうしん)
- 大鍼(だいしん)
これで九つ。
やたらに字が難しいな、という感じですよね。初めて見た時はなんて読むんだろうと思いました。
昔から「はり」と言えばほとんど「毫鍼(ごうしん)」のことを指しています。SNSなどで出てくる鍼もほとんど毫鍼ですので、一般にイメージされている鍼治療は毫鍼での施術が多いと思います。
その他の鍼
九鍼以外の鍼もあります。
- 円皮鍼
- 皮内鍼
- ローラー鍼
- 車鍼
- 箒鍼
- いちょう鍼
- 集毛鍼
- 松葉鍼
- 粒鍼
- かき鍼
- 竹鍼
- 振子鍼
- 火鍼
- 小鍼刀
- その他の特注鍼
などなど。鍼の種類としての名前もあるし、商品名のこともあります。
鍼ではないのですが、子供のセルフケアとしてスプーンや歯ブラシなどを使うことがあるため数本はストックしています。家庭でのセルフケアとして鍼を使うのならローラー鍼くらいでないと難しいので、スプーンなどを代用するわけです。皮膚に傷がつかないバターナイフや美顔ローラー的なものも代用可能です。
鍼は増える
鍼は目的に合わせてデザインされ、工場や職人さんの手により形にされます。そのため種類が増えることはあっても減ることがありません。
新しい鍼が出ることであまり使われなくなる鍼が出てくることはありますし、あまり使われなくなったために販売されなくなることはあります。
「あの鍼すごく良かったのに」
そんなことがたまにあるのは残念です。
どんな分野でもありますが、良いものなのに無くなってしまう、あるいは、良すぎたために無くなってしまう、そんなことがありますよね。
また、時代が進んで鍼自体の研究が進んだために新たな鍼が考案されたり、金属の加工技術が改良されたために加工が可能になる素材や実現可能になるデザインもあります。
毫鍼の素材
最も使われている鍼である毫鍼(ごうしん)の素材は、金、銀、鉄、ステンレス、チタンなどが使われています。その中でも圧倒的にステンレスが多く使われています。
金、銀、鉄、チタンは比較的柔らかく、ステンレスは比較的硬いですが、ステンレスにも各メーカーで配合に違いがあるため各製品で硬度に差があります。
チタンはアレルギーを起こしにくい金属と言われているためアレルギー対策として使われることがありますが、重量として軽いというのも大きな特徴です。
同様に金もアレルギーを起こしにくいと言われていますが、素材が高価なためにディスポーザブル(使い捨て)にできないうえ、鍼の素材としては腰がなく柔らかいため上手に扱うことが求められます。
最も多く利用されているステンレスは、鉄、ニッケル、クロムなどからなる合金です。鉄100%は柔らかいですが、合金にすることで硬さが出せます。その配分により素材の硬軟や刺入感(抵抗感)に違いが出ます。加工しやすい、素材が手に入りやすい、耐久性が高いなどの理由から、様々なバリエーションをつくりやすく重宝されています。
誰かに「はり」と言われたら、裁縫の針や注射針をイメージするのが普通です。いきなり鍼灸の鍼を想像する人は少ないと思います。
私が用いている鍼はいくつかありますが、刺入する鍼(毫鍼)は、柔からめであまり腰が強くないタイプのステンレス鍼または銀鍼を使っています。どちらも使い捨てです。
毫鍼の形状
毫鍼の鍼先(鍼尖)にもいろいろな形状があります。
- 摩り下ろし型
- 卵型
- 松葉型
- 柳葉型
- 麦央型
- のげ形
などの種類があります。
細く尖らせたものから、あえて丸くしてあるものまで様々です。それぞれの形状の違いから、使用時の感覚にも違いがあります。
どの型が優れていると一概には言えず、それは目的によって変わるものです。また、流派によっては使う鍼が決まっていることもあります。
好み?
そんなたくさんの鍼の中から、ほとんどの鍼灸師が自分の好みや各々の鍼治療のスタイル、コストを考えて使う鍼を決めていると思います。
ただ、勤務先で使用鍼が決まっている場合はそれを使うしかないですが。。
「もう少し短く」「もう少し丸く」「もう少し薄く」など少し合わなく感じるときは、自分の好みや使用目的とに合わせて調整し製作してもらうこともあります。
艾(もぐさ)
艾は蓬(よもぎ)の葉を精製したもので、灸として使います。様々な艾メーカーから販売されています。日本の場合、艾の産地は日本か中国がほとんどです。
乾燥度合いが少ない艾は水分含有量が多いため燃焼時間が長く熱感が強く、精製が進んだ艾は熱感と香りが柔らかです。長く寝かせてよく乾燥させ精製を進めた艾が最も柔らかい手触りになり熱感も柔らかくなります。
これらの艾を灸の目的によって使い分け、艾の捻り方や火の止め方で熱感を微調整します。
届いたばかりの艾は袋や箱に詰め込まれて硬くなっていることが多いので、私は艾が届いた状態から少しほぐして使っています(みんなやっている)。鍼灸師によってはいくつかの艾をブレンドして使う人もいます。そういうのもこだわりですね。
私もそうらしいですが、、、鍼灸師はこだわりが強い人が多いと思います。そうでなければ、鍼と艾で施術しようなんてそもそも考えないかもしれません。
鍼管(しんかん、はりくだ)
鍼管はストローのような形をしています。その中に鍼を通し、鍼を打つときのガイドとして使います。
誰が考案したかは諸説ありますが、日本で考案され広まったのは間違いなさそうです。そのため鍼管を利用して様々な手技を用いる流派も日本で生まれています。
日本で考案されたこともあり、日本では鍼管を使って鍼を打つ鍼灸師が多いと思います。ディスポーザブル(使い捨て)の鍼にも使い捨てのプラスチック製の鍼管がセットでついてきます。
こう言う部分の教育は鍼灸学校にも様々な方針があるようです。鍼管を使うやり方と使わないやり方の両方を同程度に習得させるスタイルの学校や、徹底して鍼管を使うやり方だけを練習する学校などなど。
鍼管を使わないで鍼をする鍼灸師もいます。鍼を捻りながら入れる、鍼を滑らすように送り入れる、片手や両手で鍼を持ってそのまま、などやり方はいくつかあります。
身体
いくら鍼と艾があっても自分自身の身体ができていなければ納得いく鍼灸ができません。もし出来ていなければ、一人施術するたびに疲れきってしまいます。
強靭な身体が必要なわけではないけどある程度は、、、ということです。
茶道や書道などもその所作のためにはそのための身体があります。そのために特別な筋トレをやることはないかもしれませんが、所作を意識した日常を送ることや、何度も繰り返しお手前の練習をしたり書き続けることが自然とトレーニングになっています。
そういう意味では鍼灸をやるのはスポーツと同じです。スポーツで勝つためにトレーニングをするのと同じように鍼灸でも鍼灸向きの身体をつくることが必要です。
私が勤務していた救急病院の院長は鍼灸も出来たのですが、私たちには「擦法」をひたすらやるように繰り返し言っていました。あれも手をつくる一つの手段だったのでしょう。
でも、リハ室や病棟で私がちょっと違うことをやっていると「違う!」と怒号が飛んでくるのにはまいりましたけどね(笑)
鍼や艾以外の施術用品や設備について以下に書いてみます。
温熱治療器
赤外線治療器、ホットパック、ラジオ波治療器、超短波治療器、超音波治療器などです。
鍼を打った状態で数分〜30分程度そのまま待つのを置鍼と言います。そのままでは冷えてきますので赤外線を当てたりすることがあります。温罨法や温補と言ったりもします。温熱療法として単独で行うこともあります。
今は私は使っていません。
鍼電極低周波治療器
置鍼中の鍼に電極をつなげて低周波や微弱電流などを流して電気刺激を行うために使う電気刺激治療器です。
鍼通電や単にパルスと呼ばれたりする鍼治療の方法です。機器や刺激方法それぞれに特徴があります。症状によって使い分けられており、鍼通電の論文も多数出ています。
吸玉・吸角
吸玉(すいだま)、吸角(きゅうかく)はcupping(カッピング)や抜罐(ばっかん)などとも呼ばれます。
吸玉・吸角による施術は、ガラスやプラスチックでできた壺状のカップを身体に吸い付けることで体液循環の促進をはかる施術法です。
私はガラス製のもの4サイズを使い分けています。
その他の物療機器
物療(ぶつりょう)と言うのは物理療法の略です。物理的な力を使うためそう呼ばれます。
温めるパック、温水や冷水、電気を流す電気刺激機器などは全て物療です。超音波や極超短波などを利用する物療機器もあります。上に書いた温熱治療器や吸玉・吸角なども物療機器です。
イメージにないかもしれませんが、鍼灸も物療です。
こうした物療の機器は整形外科で特に目にします。鍼灸院で沢山置いているところは少ないですが、接骨院と併設されているところや物療にこだわりを持っている鍼灸師は様々な機器を設置しています。
施術ベッド
鍼灸治療はベッドで施術するスタイルが多いですが、固定ベッド、電動ベッド、折りたたみベッドなどが使い分けられています。また、床にヨガマットやクッションなどを敷いて鍼灸治療を行う鍼灸師もいます。
このあたりの判断は鍼灸師各々の施術スタイルと好みによるところが大きいです。
また訪問鍼灸治療の場合、全て訪問先次第です。鍼灸師持ち込みのポータブルベッド、訪問先のベッド、椅子、フロアー、体育館、屋外競技場、場合によってはテントや風雨の中というケースもあり、全ての環境に対応できなくてはなりません。
私は固定タイプの大きめのベッドを使っています。大きめでないと受療者のかたが落ちやしないかと私が落ち着かないからです。
消毒用品
環境の清掃消毒はまた別として、鍼灸治療の際の消毒手順にも鍼灸師各々こだわりが出ていて面白いです。
使う薬剤は同じでも、自分のスタイルに合うように様々に工夫しているものです。万能ツボを使う人、個包装タイプを使う人、ポンプを使う人、綿球とシート型綿花で使い分けていたり。
私は消毒用エタノールとクロルヘキシジングンコン酸塩を使い分けています。通常はエタノール、アルコールにアレルギーを起こす方はクロルヘキシジングルコン酸塩を使います。
消毒設備
一応他の消毒物品と分けておきますが、オートクレーブと紫外線保管庫も使用しています。
オートクレーブは、綿花、摂子、シャーレなどを滅菌する時に使っています。うちにあるのは小型のものですが必需品です。
紫外線保管庫は、シャーレや吸角(吸玉)などを保管するために使っています。
衛生材料
具体的にはガーゼ、綿花、ディスポグローブなどです。これにも意外とこだわりが出ますね。
綿花のサイズ、薄さ、硬さなどメーカーによって差があり、使い勝手にも違いがあります。ガーゼやグローブも同様です。こういうものもどれが優れているというわけではありません。
私はディスポグローブはプラスチック製とニトリル製、ガーゼは毛羽立たず柔らかいタイプ、綿花は毛羽立たず硬いタイプを使っています。
固定材料
テーピングやシーネです。うちには簡易的なものだけ置いています。
捻挫など外傷処置で使用するものですね。これまたいろいろこだわりがあるモノですね。
私はほとんど使いませんが、ホワイトテープにこだわりがある人はテープの縁の硬さや繊維の密度までこだわっています。
IHヒーターなど
IHのヒーターやポットなどは、熱可塑性の固定材料をモデリングする時に使用しています。
熱可塑性の固定材料(プライトン)は、お湯に浸けることで形を自由に変えられます。熱源が必要なことと固定力は高くないのはデメリットですが、固定力が高くないために当たりは柔らかいのと何度も形を変えられるのはメリットですね。軽い捻挫などには重宝します。
バリカンなど
バリカンやカミソリは滅多に使いませんが、捻挫などでテーピングをする際に使用することがあります。
アンダーラップを巻いてどうにかなる場合は良いのですが、体毛がある部位でラップしない(ラップできない)と毛嚢炎を起こしてしまうことがあります。
本人が希望する時のみ、軽く除毛してもらっています。
カート(器械台)
鍼用品や消毒用品を載せている台です。キャスターがついていて動かせるタイプを使う鍼灸師が多いようです。
カートを見ると鍼灸師の性格がわかるかもしれません。目一杯道具を載せていたり、こざっぱりしていたり、整然としていたり、いろいろです。汚いのは論外ですが。
私は後から物を取ってくるのが嫌なので、その時に使う可能性がある物は全てカートに載せておくようにしています。
照明
昔はほとんど無かったですが、今はサロンのような雰囲気のおしゃれな鍼灸院がたくさんあります。間接照明や光の色彩など、照明にもこだわっているところが増えました。
私は皮膚から施術内容を考えるため、おしゃれとは程遠い大きめの照明で室内を明るくしています。
トイレ
鍼灸を受けるとトイレに行きたくなることがあります。暑い寒いということからではなく、お腹の動きが活発になるためです。そのためトイレ設備は必須です。
もちろん私も設置していますが、手を洗う場所が待合室にしか作れなかったのが心残りです。
冷暖房
冷えた部屋だと鍼灸治療の効果が出にくいという研究報告があります(と思います)。たしか論文だったと思いますが、見たのが随分前なのでソースは忘れてしまいました。
エビデンスはともかく冷えた部屋は良くないですよね。暑いのも不快ですが、冷えていると身体もこわばります。
今の鍼灸院はほとんどエアコンだと思いますが、冬季にパワフルな石油ファンヒーターやガスファンヒーターを使うところもあります。暖まり方が段違いですからね。
私は夏季はエアコンと補助のサーキュレーター、冬季はエアコンと補助のオイルヒーターです。
換気設備
これは灸の使用量で必要度に差が出てきます。煙が出る灸を多用するところでは強めの換気が必要ですし、灸を全く使わないようなところでは通常の換気で問題ありません。
私はたくさん灸をやることがあるため、サーキュレーターを回しながら換気扇2台と24時間換気ダクト2か所という体制です。
ロッカー、手荷物入れ
鍼灸治療では、施術部位によって着替えが必要になります。
例えば、膝に施術したいがタイトな衣類のため膝まで上げられない場合などです。着替える可能性があるため、何らかの着替え入れや手荷物入れを設置している鍼灸院がほとんどです。
私も着替え入れを設置していますが、灸の匂いが衣類などに移らないようにするため密閉できるプラスチックコンテナを使っています。蓋をロックできるので気持ちの面でも安心かなと思っています。
着替え専門ロッカールームなどが設置できれば灸の心配も無用で良かったのですが、うちの院のスペースでは無理でした。残念。
患者着
鍼灸治療など何らかの施術を受ける人が着る専用の着替えのことです。
ワンピースタイプや上下で分かれているタイプ、長袖・半袖の違い、素材の違いなどがあります。
天然系素材は肌感が良いのがメリット、いったん汗をかくと乾きにくいので冷えてくることがあるのがデメリットです。洗濯すると乾きにくいのが難点ですが、綿なら乾燥機が使えるのが良いですね。
化繊素材は肌感は良くも悪くもない普通な感じですが、汗をかいてもすぐ乾くため冷えてくることがありません。洗濯物してすぐに乾くのも助かります。
ワンピースかセパレートかは、施術スタイルによると思います。
私は半袖で上下が分かれているタイプ、化繊素材のものを使っています。
マット、マクラ
鍼灸治療の際にポジショニングするためにマクラやマットを使います。できるだけ楽な姿勢で鍼灸治療を受けてもらうためです。
こういうところも結構こだわりが出ていて面白いです。鍼灸以前に、ポジショニングするだけで身体は柔らかく変化しますからね。
私は大きさ、高さ、硬さが異なるマットをいくつか用意しておき、その人に合わせて使い分けています。
自転車
訪問施術時に使う自転車です。
こだわりは特にありませんが、私的には好きな色のが良いです。
日常はあえて徒歩移動にしているので自転車は必要ないのですが、仕事はそうもいきません。
最近は車のコインパーキングが少なくなりましたし、バイクは駐輪場に停められないこともあります。自転車で遠くに行くのはコスパが悪いですが、近くならこれ一択です。
飲料
飲料の自動販売機やミネラルウォーターやお茶などの給水設備を設置している鍼灸院もあります。
サービスの一環という考えもありますが、鍼灸治療前後に軽く水分補給しておくのは良いことです。近年の夏は猛暑日が多くなりましたし、冬場の水分補給不足は案外多いです。
私は鍼灸治療後にペットボトルの麦茶を常温で飲んでもらっています。帰宅後のビールを楽しみにしている人以外にはおすすめしています。
ほんとは鍼灸治療直後にビールなどの冷たい飲食はしない方が良いんですけどね。