私が好きな鍼灸古典のひとつ。
大量の引用を示しながらそれらを比較するという膨大な作業を完了させている。批判的な記載もある。これは後学者にとって非常に助かる。引用や比較で終わることなく著者本人の経験や考えを提示しているところも多く、それがまた面白く参考になる。昔話(に当たるもの)もある。古典なのに感覚的に捉えやすい。いや古典だからか。そして、自分に分からないことは正直に分からないと書いているところなど最高だ。
資生経は日本でも人気があったようだ。資生経が伝わったことで中世〜近世の日本鍼灸にも大きな影響を与えたと言われている。
だが、それほど好きだと言っている割につまんで読んでいるだけで一気に通読したことはなかった。経穴や疾患別に書かれているためつまみ読みができてしまう、という言い訳はしておこう。今回はじめて1年くらいかけて少しずつ読んだが、やはり飛び飛びでなく連続して読んだ方が面白い。
では、簡単に『針灸資生経』について。
先に謝っておくが、説明や引用など間違って記載していたらごめんなさい。私は誤字脱字は当たり前、下手すると投稿時に誤って一節丸ごと消去してたなんてことも。
さて、『針灸資生経』を著したのは王執中(おうしっちゅう)。王執中は、中国・南宋代の官吏であり針灸を得意とした医家。取穴部位の決定にはキメや溝、陥凹などを細かくみつつ圧した時に起こる患者の反応を重視していた。落ち着いて細心の注意を払うように心をもちいてみていく人は正確な治療部位がわかるようになると言っている。それが下の一節。
“千金云…又以肌肉文理節解縫会宛陥之中。及以手按之病者快然。如此子細安詳用心者乃能得之耳。”
『針灸資生経』の一節を引用したが、その原典は唐代の孫思邈の『備急千金要方』である。千金もまた面白く、点と点が繋がるような気づきが多い書だ。
余談だが、私が中学生だった頃、孫思邈の話が国語の教科書に載っていた。漢文として。孫思邈が苦しんでいた虎に山かどこかで出会って助けたことで、その後、虎が孫思邈を守護するようになる、という話。タイトルは忘れた。教科書には、その虎に乗って出かけていく孫思邈の様子が挿絵で入っていた。いま考えてみると、医者が虎に乗って往診に来たらかなりビビるな。
でも真面目に考えると、、、馬と違って虎は乗りにくいだろうなと。もし話を盛っているのでなく本当に乗れたのなら乗せた虎も凄いが孫思邈は相当な使い手だろう。こんな妄想ができるのも古典ならでは。
話を戻す。
『針灸資生経』では『備急千金要方』『千金翼方』『太平聖恵方』『銅人腧穴針灸図経』『明堂経』『甲乙経』などを拠りどころにして経穴や鍼灸治療について述べている。上に書いた書は鍼灸師ならだいたい聞いたことがあるものだと思うが、この他にも多くの書を引用している。私が不勉強ではあるのだが、全く聞いたことも見たこともない書もたくさん引用されている。
資生経以前に著されていた書を拠りどころにしつつも、比較検討し疑問がある記載があればそこも示している。記載されている治療は鍼灸治療が主で薬物治療は少ない。薬物のことはさっぱり分からないが、鍼灸に関してはいろいろと参考になる。
時間がもう少しあって私の処理能力ももう少しあったら経穴や疾患の記載で気になったところを書いておきたいが、ちょっと量があるから今は無理。またの機会に。
疾患パートはともかく、経穴の部分は分かりやすいから鍼灸学生が読んでも面白いと思う。今は翻訳アプリやAIの能力が凄まじいから自力で少しずつ読んでいくのも楽しいかもしれない。何冊も漢和辞典やら漢詞辞典を並べて調べなくても何となくなら分かると思う。それに、それが面倒なら翻訳本もあるし。
私が古典を読んでいて楽しいと感じる理由は、とにかく文が短いからだろうなと思う。事細かに説明してあるものは現代に溢れている。そういうのはそっちで良い。
古典は事細かな説明は省かれている。パソコンで簡単に修正できるような時代じゃないから。だから読む時は時代背景や流れを想像していく必要がある。私が古典を読む理由はそう言うことへの想像への欲と思考への欲があるから。欲深いのだ。